桜の下に死体を埋めると血を吸って花弁が赤く染まる、というのは嘘らしい。男の脳裏にそんなことがよぎったのは、子供が目の前で桜の根元を手に余るくらいの大きなスコップで掘り返していたからだ。
「何してんだ、てめえ!」
男は手に持っていたビンを落としたことにも気づかずに子供に走り寄る。子供は怒鳴り声にびくりと肩を震わせ恐る恐る男を見た。
「何をやってんだと聞いて……!」
思わず手を上げそうになって男は我に返る。子供はにじり寄った衝撃でぺたんと尻もちをつき、目を丸くさせて男を見上げていた。
やりすぎたか。
男がそう自覚したとき、子供が素早く立ち上がる。俯いて無言で尻についた砂をパンパンと払う子供に、親にチクられたらここにいられなくなっちまう、という危機感を覚えた。それでなくとも最近は役所の人間だとかいうやつらがせかせか歩き回っているのだ。公園の一角を不法占拠している身としては肩身が狭い。
しかし子供は気にした風もなく男の目をまっすぐに見上げてニパリと笑う。
「ぼくはね、あなをほってるんだよ!」
シャベルをふりまわしながらそう主張する子供があまりにもあどけなくて、男は思わず目をそらした。子供はまたしゃがみこんで土をいじり始める。
怒鳴られたというのに泣きもせず無邪気な子供に不気味さを感じたが、怒鳴ってしまったという負い目があるから強くは言えない。仕方なく子供と目線を合わせるように背をかがめた。
「いいか。ここは砂場じゃねえ。穴は掘るな」
「でもこうえんだからおすなばあそびしてもいいとおもうよ」
子供はこてんと首をかしげてたどたどしくしゃべる。
「公園だからってどこでも遊んでいいわけじゃねえ。それにいいか、桜ってのはとってもデリケートなんだ。根元なんか掘り返したらとたんに枯れちまう。砂遊びしたいんなら向こういってやりな」
「でもね。ぼくはこのサクラがさいてるところ、みたことないよ? きっともうかれてるんだね!」
「そりゃお前がガキだからな。昔は咲きほこってたんだよ」
男がここに居座るようになったのは五年ほど前の事だったが、その時からとんと桜が咲くところを見ていない。つぼみはつくもののそれも他の桜と比べてずいぶん遅く、雨や強風などで咲く前につぼみが落とされる。さて、今年はどうなることやらと葉の付き始めた桜を見上げる。
「でもぼくはこのサクラのしたをほりたいよ。このサクラはおじさんのきじゃないから、きょかとかいらないとおもうんだよ!」
それだけ言うとくるりと後ろを向いて走っていった。